1765763933761.jpg戦争、異常気象、AIの加速による社会変化、経済格差の増大と貧困・・・・・・。この現代の問題に対処するため、新たな社会契約、まさに「新しい啓蒙」が必要だ。この新しい啓蒙は、「道徳的な人間の進歩を、モノやサービスの社会経済的生産手段と、さらには豊かさや繁栄と早急にリカップリング(再統合)しなければならない」「我々が目指すべきは、道徳的価値と経済的価値のリカップリング、すなわち倫理資本主義だ」と言う。新自由主義や、停滞と貧困をもたらす「脱成長」に活路はない。資本主義の行き詰まりを打開するのは倫理である。倫理と資本主義をリカップリングした倫理資本主義だと言う。善、倫理、資本主義の本質をアダム・スミス、カントらの哲学・思想の根源から掘り起こし、倫理資本主義を提起する。

哲学的だが現実的でもある。「資本主義のインフラを使って、道徳的に正しい行動から経済的利益を生み出し、社会を改善することができる。道徳的に正しい行為によって利益を得ることは、富を求めて、恣意的で強欲に行動するより、経済的サスティナビリティが高く、最終的にはより大きな利益につながる」「入れ子構造の危機に直面する時代の不確実性や複雑性への正しい対応は、体制変革や革命ではなく、様々な改革を高度に組み合わせていくことだ」「倫理資本主義とは、資本主義の社会経済インフラが道徳的進歩への寄与度という観点から評価される(ジェンダー、人種、経済的不平等、健康、クリーンエネルギーへの移行、政治的自由・・・・・・)ように、剰余価値生産という社会経済活動を倫理的にアップデートする必要があるという考えだ」「資本主義を克服する考えではなく、必要なのは剰余価値生産を道徳的進歩とリカップリングさせるという改革だ」・・・・・・

そして、「経済的剰余価値生産と道徳的善には『真の利益』という概念のなかで相関性がある。両者の均衡点をカントの概念にちなんで『最高善』と呼べば、『最高善』とは、経済的価値と道徳的価値の均衡点である。それは真摯に道徳的配慮を持って財を生産・分配することで、経済活動が前向きな社会変化に積極的に寄与する状況だ」「消費主義社会の克服と倫理資本主義の実装として、SDGsのあらゆる側面に投資する。人間の社会経済的発達の次なるステージヘ積極的に未来を作っていこうとする」と言う。

「応用編」として、「次世代の企業に倫理部門の設置を義務付ける」を挙げる。それを率いるのは、最高哲学責任者(CP O)。社内の組織と対話・協力し、真の利益のためのアイディアを生み出す研究開発部門となる。2つ目は、「子どもへの選挙権付与」のアイディア。子どもの想像力が未来を変える、彼らの想像力の可能性を解き放つべきだと主張する。3つ目は、「A Iを社会的技術として再定義すること」だ。AIの開発と使用については倫理的問いが喫緊の課題。AIを持続可能な未来創造のエンジンにするためのイノベーションと、その倫理的な研究が急務だ。

帯には「天才哲学者はいま何を語るのか」とある。斉藤幸平監修、土方奈美訳、昨年出版された著作。 


1765763776622.jpg宝暦8(1759年、9代将軍徳川家重)、講釈師・馬場文耕は獄門に処せられる。時の権力により芸能が弾圧されることはあるが、その芸を理由に死刑を宣せられたのは文耕ただ一人。なぜ馬場文耕は獄門を申し渡されたのか。そもそも馬場文耕とは何者であったのか。その激動の生き様を描く圧倒的な感動巨編。

文耕は元武士らしく実に端正、屹立した人格と情愛を併せ持つ、魅力的な人物だったらしい。御家人として生まれたが、家禄を返上し西国ヘ向かい剣術修行もする。園木覚郎の無尽流に出会い、抜きん出た腕前と境地に達するが、士分を捨てて江戸に出る。そして貧乏長屋に住み講釈師となる。「太平記」など軍記物を語るという市井の日々。深川の芸者・お六、隣に住むお清、長屋の隣人、仕事で付き合う町衆、吉原の旦那など、文耕に心を寄せ、信頼する者に囲まれていた。

転機が訪れる。ある芸者を助け、売り出すために話を拵えて講釈の場で披露していただけないかという頼みだ。「軍書を読むのではなく、一芸者について講釈するなどという途方もないこと」――。世の噂話を書き集めて、自分で話を作り語る。昔の軍記物を型通りに読むよりも、今の生の物語に惹かれるのが庶民なのだと気づいていく。これが評判となり、文耕人気は高まっていく。しかし噂は面白いが真実ではない。ノンフィクションとフィクション、噂と真実とフェイク――。この現在の情報社会で、最重要のテーマに文耕はぶち当たっていく。

今の生々しい問題を扱う限り、噂を集めながらも、虚偽ではなく、真実に向かおうとする文耕。そして起きたばかりの秋田佐竹藩の「秋田騒動」を語ることになる。「今回の話は少し度が過ぎているかもしれねぇな」「佐竹の騒動は、既に決着していることとはいえまだ生ものだ。触れれば、血が出るかもしれねぇ。佐竹の家の内情に入り込みすぎている。お咎めあっても不思議じゃねぇ」・・・・・・

そして、ついにあの郡上一揆。美濃の金森家の騒動と、農民一揆の詳細を独自に取材・調査に踏み込んでいく。そして自らが果たせるのは、それを講釈の場で世に知らせ、幕府にも理解させることだと動く。当然、「将軍家はもとより大名旗本の家内のことを、みだりに広めたりするなという町触に違反しているのは明らか」なのだ。老中、評定所等の怒りを買うことは当然。しかし文耕はのめり込む。「公儀を畏れず」「その疑い、悦んで引き受けましょう。何者でもない講釈師馬場文耕が何を畏れましょう。畏れるものは天のみ。天の道に外れたものは畏れるに足りません」・・・・・・

しかも、この時の幕府は、あの徳川家重、大岡忠光の時代。さらにその下で台頭していく田沼意次が、馬場文耕と10代の頃に共に過ごした仲間であり、意次は文耕を敬愛していたという背景まである。話が面白すぎる展開。

文耕はなぜ獄門に処せられたか。真実を語ることが、自他ともにどれだけの被害リスクをもたらすか。名君家重と大岡忠光はどうさばいたか。そして田沼意次はどう動いたか。文耕をこよなく愛した江戸の町の人々は凛として生きる人格者・文耕にいかなる真心で接し行動したか。丹念に立体的に展開されるドラマは圧倒的な、しかも人間の生き様の重厚さをもって迫ってくる。素晴らしい作品に出会った。 


1767183809928.jpg

新しい年を迎えました。それぞれが一歩前進の年、未来を開く年になることを願うものです。

課題は山積。物価高騰対策など目前の課題に取り組むのは当然ですが、人口減少・少子高齢社会、AI・デジタル社会の急進展、気象変動・自然災害の激甚化、さらに「デフレからインフレヘ」「人手余りから人手不足」という構造変化を直視した中長期的視野に立った経済戦略、カジ取りが今の日本には不可欠です。しかもポピュリズムに攻撃的なSNSが加わる「デジタル・ポピュリズム」が席捲する社会であるだけに、威勢の良さではない、落ち着いた「骨太の熟議の政治」が今こそ重要です。

「中道改革」の目指すは、庶民の幸福と平和の実現。国家のレジリエンスと経済の活力と安定。今年こそ「安全・安心の勢いのある国づくり」に力強く踏み込みたいと思います。

そして「真の贅沢というものは、ただ一つしかない。それは人間関係の贅沢だ(サン・テグジュペリ)」をかみしめる豊かな日々を!

本年もよろしくお願いいたします。 


1764633954455.jpg「あなたの善意、熱意、努力が問題を悪化させている!」と指摘し、自分自身をこうした人からどう守るか、巻き込まれてはいけないと山脇さんはいう。そのためには、精神科の治療対象の人、またそれに近い人を見分ける。繰り返し、繰り返し、同じように迷惑をかける人に対して、巻き込まれない、毅然とした態度をとること。苦しんでいる人を突き放す、冷たい態度のようだが、その人の為でもあるといっている。

買い物病が止まらない、逆上して死んでやると騒ぐ、そして実際に手首を切る、脅しなのか、本気なのか――境界性人格障害の女性だ。嫉妬深い、24 時間行動をチェックする、暴力をふるう、別人のように甘えたりやさしくなる、別れるなら死んでやる殺してやると脅す、アルコールやギャンブル好き、仕事が続かない――境界性人格障害の男性だ。それには許すのは 1 回だけ、暴力が出たら即逃げる、警察にいうことが大切だと山脇さんはいう。

人の心が鍛えられないと生き抜けない時代に入っている。


1766471112684.jpgこれまで「家族の愛と絆」「家族のトラウマ」「喪失による心の痛み」などを描いてきた著者のさらに進化(深化)した最新作。

ニ年前に父・原田啓和が他界し、先月には母・晶枝が急逝。不動産仲介管理会社で働く原田燈子は天涯孤独となる。母が亡くなり実家の整理に訪れた燈子は、母が書いていた日記を見つける。4つ下の弟・輝之が3歳の時、車にはねられ死亡、家族には心の中に「大きな穴」が開いていた。「私が目を離したから」との罪の意識は晶枝の心から離れず、夫の啓和は、それをかばい守ろうと意識した。「母親も、父親も、輝之もいなくなった。・・・・・・この家には、本当は誰もいなかった。もうずっと前から」・・・・・・。弟の事故死をきっかけにして、家族はそれぞれの心にこもってしまったのだ。

やがて日記には亡くなった母の筆跡で色のない文字が刻まれるようになった。亡き後も綴られる書かれるはずのない母の日記。

物語は燈子のいる「この世」と両親がいる「あの世」が日記を通じて往還する形で進む。不思議な「あの世」では、様々な後悔や執着、傷を抱えた人々がそれを消化できないまま、死者の「夜行」に加わったりしていた。晶枝と啓和も出会い、「なぜ目を離したか」と悔恨する晶枝、「輝之はどうして死んだんだろう。どうして目を離したのかじゃない。どうして輝之は車道に出たのか」と言う啓和。

「どうして車道に出たと思う? 公園に寄ってくれて嬉しかったんだよ。今世界で一番幸せ! みたいな気分になった。はしゃぎすぎて、ただ、失敗したんだと思う」という境地にたどり着く。

「今、輝之はどこにいるのだろう」――。生と死。この世とあの世。それは切れてるのかつながっているのか。宇宙生命に溶け込んでいるのか。有と無、そして空。ダークマターとダークエネルギー。「量子もつれ」・・・・・・。本書は、生と 死を日記でつなげているが・・・・・・

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

月別アーカイブ

上へ