探偵といってもミステリーではない。不思議な感覚、世界に引き込まれる。「今から10年くらいあとの話」でいずれも始まる7つの連作短編集。
「世界探偵委員会連盟」に所属する「わたし」は、ある日突然、探偵事務所兼自宅の部屋に通じる路地を見失い帰れなくなった・・・・・・。この帰れなくなった探偵の「わたし」は、「世界探偵委員会連盟」の指令で国を跨いで移動して、そこで依頼者からの「人探し」「もの探し」「思い出探し」、ある意味便利屋のような働きをする。そこで遭遇する街の風景やよぎる心象風景が時代の時間軸の中から不思議な透明さで浮かび上がる。
国や街の名前は出てこない。「わたし」も「わたし」のままだ。急な坂ばかりの街、雨でも傘をささな町、夜にならない夏の街、太陽と砂の街、雨季の始まりの暑い街、そして「あの街」の空港で・・・・・・。家に帰れなくなり、一人で漂うように遠い街へ移り続ける「わたし」。
「雨に歌えば――雨でも傘をさない町」では、25年前に殺された女子学生の両親からの依頼。犯人探しではなく「同じ大学の学生を探すこと。両親は娘の最後の日々のことを知りたいと望んでいる」と言う。
「探す人たちは探し物を見つける――夜にならない夏の街で」――自分の祖母のことを知りたい、「話してみたかったな、と思って」との依頼。また結婚相手が付き合い始めた時にデザインした特別な指輪を失くし探す。ここはプロの探偵らしさが・・・・・・。
「空の上の宇宙----太陽と砂の街で」――新しいメイドの候補者が信頼できるかどうかの調査。また産業スパイの動向観察。時代はさらに進んで高機能カメラを仕込んだ携帯端末などが駆使。
「夢には入れない――雨季の始まりの暑い街で」――40年前に起きた商社社長の邸宅に武装集団が立てこもった事件の関係者への聞き取り調査を歴史研究者から依頼される。事件の捜査は終了しているが、事件が世の中に与えた影響を調べたいという。
「歌い続けよう――あの街の空港で」――名前ではなく番号で指示される。「展望デッキか。それもまた、指示なのだろう」「今回の任務の本当のところは何なのか知らされないことへのあきらめ、次々に変わる指令に従うしかないことへのあきらめ、ここまで来ても自分の名前を名乗れないことへのあきらめ、あの街に帰れないことへのあきらめ、帰る家がないことへのあきらめ、探偵の仕事が何かわからなくなっていることへのあきらめ?」・・・・・・。全貌を知らされない調査の駒ではなく、ただ探偵としての仕事をしたかった。
存在を消し、与えられた任務の部分だけ行う仕事。しかも喧騒の社会は進む。時代はどこからか統制され、管理され、何のために自分は生きているのかの実感がどうしても乏しくなりがちだ。テクノロジーは進歩し、天気までコントロールできる未来社会の不安が描かれる。その世界は居場所までコントロールされていく不安を伴っている。しかしその中で、「帰れない探偵」は今日も仕事をし生きている。
人間を変える、人生を変える、認知を変えるという作業がいかに難事業であるかを思い知る。自己と世界の環境を整えて生存を確保し、さらに実存への「冒険の旅」に乗り出す――。専門家でしかできない道筋が開示される。
「変化するということ」が副題。生活が危機に陥るとき、人生が行き詰まるとき、人はカウンセリングを訪れる。そこで話し合いがなされ、生活は変わり、人生が変化する。その「カウンセリングとは何か。原理を示し、その全体像を描く」――。何によって、いかなるプロセスを通じて心の変化をもたらすのか。実例を示しつつ、実に丁寧に原理と実践が示される。目の前が開かれ感動した。素晴らしい著作。
「カウンセリングとは、心の問題で苦しんでいる人に対して、心理学的に理解して、それに即して、必要な心理学的な介入を行う専門的な営みである」「カウンセリングとは、心の非常時を扱うテクノロジーである」――。
「自己ー心ー世界モデル」――。「『自己』とは自分の中の思い通りにならないもの、コントロールできないもの(身体、トラウマ記憶、衝動・無意識など)」。「『世界』というのは物理的外界とか、社会とか、他者など自分の外側にある環境」を言う。その上で「『心』とは、自己と世界の中間にあり、その間を調整する装置」。カウンセラーの重要な仕事は、自己と世界にまずは適切な対処をする(自己の脳の神経科学的バランスがおかしければ医療や投薬をする) (職場の労働環境が過酷すぎるならば勤務体制を変更させる)、その上でどうにもならない時に、心の出番がやってくるのが原則だ、と問題整理の重要性を指摘する。「なぜこの問題が起きていて、いかにすれば改善するか。カウンセリングの中核にあるのはアセスメントである。心が変化するための土台になるのは『理解』、理解することの力」と言う。
生活と人生----。「心には生活と人生という2つの次元があり、カウンセリングにはこの両方の苦悩が持ち込まれる」――。
生活は物理的で身体的で経済的。「『作戦会議としてのカウンセリング』は、生活を立て直し、生存を確保するためにある。現実を動かすために、作戦会議はあり、生活の破局度が高い人に向けて行われる」ことがが示される。まず身体----医療、休養、運動と生活リズムを共に考え進める。お金の不安は根源的で、経済的な見通しがなくなるとき、人は深く脅かされる。その支援を共に考え動く。「世界を動かす」――職場の環境を変え、ケアを増量するなど・・・・・・。「破局を生き延びる」ことの重要性、生活の再建、生存を可能にする変化をもたらすことだ。
次に、「冒険としてのカウンセリング」だ。目の前の問題は解決し、生活は成り立っているが、いよいよ本当の問題が残る。それは「実存の問題」「人生の問題」だ。日本社会は、70年代から90年代、経済的に豊かで比較的安定、生存がある程度保障され、「心の時代」が求められた。しかし2000年代以降、経済の停滞や格差の拡大によって、人々の生存は脅かされやすくなった。心を取り巻く日本社会の状況は、「実存から生存へ」へ変わったと指摘する。何か逆流のような気がするが、実際に現在、「作戦会議としてのカウンセリング」が主流になっていると言う。
しかし、「実存は生存を前提としている」「生存は時に実存を犠牲にする」のであり、「生活を守ることで人生が死んでしまうことがある」のであり、人生が死んでしまったではどうしようもないのだ。
そこで、「冒険としてのカウンセリング」が登場する。それは、「心を動揺させる。生き延びるために硬化していた鎧を揺り動かす。そうすることで、よく見えなくなっていた自分の中を冒険し、生きてこなかった自分に出会っていく。心の部分を生き直す。実存的な問いに取り組むことになる」・・・・・・。
ここで、実例として「ハルカさんの冒険(①インテーク面接篇②生育歴インタビュー篇③契約面接篇④晴れの船出 最初の3ヶ月、2年目まで、3年目、その後)が示され、母親との関係の根深い問題が剔抉されていく。粘りと我慢の長時間。凄まじい粘り強い専門のカウンセリングによって、心の深い部分が変化していくことが示される。プロでなければできない聞き続ける、対話し続ける専門家の姿勢に驚嘆する。「古い物語を終わらせ、新しい物語を始める」ために心を揺らす。破局しないように高度に防衛されているユーザーの心を揺らし、意図的に破局を持ち込もうという高度なカウンセラーの専門技だ。
カウンセリングの「終わり」の難しさも伝わってくる。「僕がカウンセリングの中核に見出したのは『破局を生き延びること』である」「いかに生きるかは、いかに生き延びるかを通じて変化していく。ですから生存と実存、生活と人生は絡み合っている。これがカウンセリングから見える人間が生きることです」と言う。そして、「人間は物語の不在に耐えられない。その時、『個人』という小さな文学は、踏みにじられやすくなる」「心の変化には、科学的な次元もあるし、文学的な次元もある。この両方を生きるのが、人間である」と結んでいる。
そして勇気----。「ここに、時々勇気が現れる。・・・・・・彼を動かしていたのは勇気です。突如、運命に対して受動的であった人間が能動性を発揮し始めている。勇気は、人を個人にする。勇気は周囲の人に元気をもたらす。勇気は不思議です」と言っている。確かにそうだ。素晴らしい著作に出会った。
「<わたしの人生>を遊びなおすために」が副題。「あらゆるところで『物語』がもてはやされている」「清涼飲料水のCMを眺めていると、『青春』のイメージ――光る汗、友情、焦燥感、夏――がドラマティックで感動的な話として語られるし、就職活動の面接ではガクチカや挫折体験が語られることを要求される」「『推し』は、ファンの期待した筋書き通りに振る舞う」――何かがおかしい。「人生を解釈しすぎる」し、「考察する若者たち」「解釈したい。正解を求めたい。タイパ・コスパ、倍速で観る若者たち」が増えている。情報氾濫の喧騒の社会はSNSで急加速している。「人生はかくあるべきだ」という押し付けに抗う「次世代の哲学」を溢れるような思考実験で吐露する。
「人生は物語ではない」。もっと定型の軛を脱して自由自在に生きること、そのためには、どんな思考実験ができるか。「人は物語が好きだ。他人を理解することで気持ちが良くなり、決めつけ間違う」「誤解を生んでしまう『自分語り』」「私たちは、自己語りや他人語りにおいて、物語から離れて、不可解なまま存在する相手を尊重する新しい倫理的態度を作り出さなければならない」「感情的だという批判をする人こそ、実は感情的」・・・・・・。要は、物語は自己理解や世界理解のヒントになり、楽しませてくれるが、「物語に呑み込まれないように」と指摘。「その一方で、私たちの周囲では、無数の開かれていない世界の扉が待っている」と言っている。
そこで、本書は「物語的主体のオルタナティブ」を探る。物語以外にも様々な理解の可能性、「物語から遊びへ」だ。その指摘する遊びは「ゲーム」「パズル」「ギャンブル」「おもちゃ」の4つで、遊びから人類を考える。「様々な遊びの『世界』を旅して回ってくれたらこれ以上の喜びはない」と結んでいる。
「ゲーム」――。ニーチェは「抵抗を克服する活動を愛するような、力への意志を発揮することそのものに幸福を見出すゲーム」を勧めた。「我々は常にプレイヤーでありながら、同時にデザイナーでもある。人生と社会を編み直しリデザインする、抵抗のための重要なメタファーとなるのだ」と言う。
「パズル」――。人間には、生まれつき謎き明かしたい、複雑な問題に取り組みたいという欲求(パズル本能)がある。解き明かした「ハッとする」瞬間の快感。「パズル的理解は『正解がただ1つある』という前提を維持することで、情報の中で溺れることをも楽しむ、じりじりとした探索感と『思いつき』のカタルシスを生み出す」と言う。「考察や陰謀論」――人間は、どうしてもスッキリしたい生き物なので、陰謀論にはまる。だが「わからなさを積極的に味わう能力、じりじりを美的経験として味わう能力を育て得るところに、物語的な世界理解のオルタナティブがある」と指摘している。
「ギャンブル」――。真のギャンブラーが欲しいのは「お金」ではない。リスクに身を投げ入れるスリル、退屈からの離脱、人生の切断、「貨幣の崇高」の解体である。
「おもちゃ」――。最もプリミティブな遊び、何かをただ「おもちゃ化」して楽しむ姿勢がおもちゃ遊び。残酷とも言えるし、創造的とも言える「おもちゃ的生き方」の可能性。「おもちゃ遊び」と「世界の旅」はよく似ている。どちらも偶然を受け入れ、愛し、自分がおもちゃになることを楽しみ、軽やかであると言い、「『大人』こそ、遊び心に満ちた『世界』を旅することを試みなければならない」と言う。
「人生を自在に生きる」ことを思考した若き美学者のチャレンジングな哲学的論考。頭が振り回された。
全盲の天才学者・塙保己一(1746〜1821)。武さしの国保木野村に生まれ、幼名は寅之助(失明後は辰之助)、体は弱く8歳になる前に失明。15歳で江戸に出て、当道座の雨富検校に入門し千弥、やがて保木野一、保己一と改名する。不器用で兄弟子等にいじめられ自殺等も図るが、学問への思いは強く、驚異的な記憶力、洞察力で次第に認められる。文政2年(1819年)には、「群書類従」666冊を完成させた。34歳の時に決心し、実に74歳までの41年かけての凄まじい大事業をなす。文政4年(1821)には、総検校となる・・・・・・。
しかし、本書はその偉業を称える偉人伝ではない。「見えるか保己一」――。輝かしい経歴を築いていく保己一の葛藤と、その周りに渦巻く愛と献身、嫉妬、妬み、不安、怒り、そして人間の業が描かれる。それも立体的に、そして深く。若い作者がよくぞここまでと感嘆する素晴らしい力作だ。
保己一には「見えない悲しみと苦しみ」、「見えてしまう悲しみと苦しみ」がある。不器用で鍼灸は下手だが、学問は得意であり喜びだ。目明きに負けない、盲の世界に引きこもらない世界で生き、卓越したところまで行くことを望んでいる。「思えば己は、故郷の村を出た日から、目明きと同じ土俵に立つことを願って一心にやってきた。目明きと同じところに上がらなければ、目明きと肩を並べて学問を学ぶことなどできやせぬ。だが己は今日、学者としてあの将軍様に対面してきたのだ。・・・・・・己は、ようやっと盲の頸木から解き放たれたのだ」「鍼でも按摩でも見世物小屋の芸人でもなく、学者として残された盲の名前は、これから先、盲の道標となるであろう」・・・・・・。同時にその心中には、怒りも溢れた。「俺は盲なんだぞ。なのに皆、ことあるごとに聞いてくる。『見えるか辰之助。見えるか保己一』・・・・・・俺にばっかり聞いてきやがってさ。そんじゃてめえらはどうだったてんだ。俺のことをちゃんと見ていたかい」「皆は、俺に心眼で見えていて欲しいのさ。皆が寄ってたかって俺をこしらえる。・・・・・・お前らが見えていないように、俺も見えていねぇに決まっている。目明きも盲も一緒さ。どちらであっても、何一つ見えちゃいねぇのさ」・・・・・・。
一方、「見えない」保己一に対する周りの妬みやいじめ、策略も激しかった。閉ざされた盲の世界で、兄弟子からの仕打ち、やっと完成させた版木蔵への火付け、妻の密通・離縁。妻はただただ学問に没頭し、金を注ぎ込む保己一を理解できずすれ違った。盲の兄弟子たちは、「あなた様は頭が良くていらっしゃるから・・・・・・。でも、あなた様以外の盲は学問などできませぬ。我らは鍼に按摩に琵琶に高利貸しにしか生きる術がないのです」と、目明きの世界で生き抜こうとする保己一とは、世界を異にした。
またいつでもどこでも、母や師匠の雨富検校、南町奉行となる根岸肥前守鎮衛、大田南畝、お瀬津、金十郎など、まっすぐに生きる保己一を献身的に支える人に恵まれた。
宿業と人間模様----全盲の天才学者・塙保己一の姿が描かれる。表紙はそうした図を見事に表していると思う。
「古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで」が副題。まさに今、アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃、ガザの戦闘の緊急事態のなかだが、昨年1月に刊行され話題をよんだ本書はまさに時宜を得たもの。ユダヤ教を信仰する民族・ユダヤ人。学問・芸術に長けた知力、富のネットワーク、ホロコーストに至る迫害、アラブ人への弾圧・・・・・・。世界に影響を与え続けている「流転の集団」の3000年の歴史を雄大なスケールで描く大変な労作・力作だ。
人生そのものがそうだが、「主体と構造」の組み合わせから描く。「ユダヤ人は、歴史の大半の部分や大半の地域でマイノリティーであり、構造に規定される局面は非常に多い」。過酷な歴史だが、「ユダヤ人が構造と格闘したり、構造を前提にして、それを生かす道を考えたり、複数の構造を組み合わせて、第3のものを作り出したりするような『主体と構造』が織りなす局面」をひもとき抉り出している。
モーセの十戒(出エジプト記)。そのユダヤ教の「律法を守る」ユダヤ人。紀元前586年からの「バビロン捕囚」は、「いつかカナンの地に戻る時まで信仰を守り、実践するために、立法を整備していく」というユダヤ人としての意識を明確にしていく。ペルシャ帝国による支配、アレクサンドロス大王の制服によるヘレニズム(ギリシャ)文化。そしてローマの介入によるユダヤ教に対する冒涜的振る舞い。そこにユダヤ教指導層を批判し、貧者や女性などの社会的弱者を助けるイエスが登場する。律法中心、安息日、食物規定を重視、日常活動とするユダヤ教とは違う。ローマの支配の強化、ユダヤ王国の終焉、キリスト教の広がり、イスラム世界での繁栄(西アジアとイベリア半島)。そして十字軍・・・・・・。異教国家の中の「法治民族」の古代末期・中世が解説される。「ユダヤ人を金づるとして利用する権力者と、それを腐敗と捉える庶民の間にユダヤ人が挟まれる。そこに庶民の反ユダヤ感情が蓄積していく」。十字軍とユダヤ人迫害の開始の構造が剔抉されている。
そして、「近世ーースファラディームとアシュケナジーム(ユダヤ人のニ大系統)(アシュケナジームが現在ユダヤ人口の8割)」――。スファラディームを歓迎したオスマン帝国のように、アシュケナジームを歓迎したのがポーランドだった。
「近代----改革・革命・暴力」――。この時代になると反ユダヤ主義が変質、ポグロム(反ユダヤ暴動・虐殺)、ホロコーストの悲劇が生まれる。なぜ「問題」とされるのか。「伝統的なキリスト教世界では、ユダヤ人を道徳的な問題児として蔑みつつ経済的な機能は利用するという扱い」で、日本の江戸時代の「えた・ひみん」、明治からの「部落民」差別。ユダヤ人同士の格差や分断(同化志向の西欧ユダヤ人、ロシアのユダヤ人の深刻な後進性、地位の低さ、貧困)」。1900年の時点で、世界のユダヤ人人口の約半数520万人がロシア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国207万人だった(アメリカ100万人)。第一次世界大戦、ロシア内戦とロシア革命は極度の混乱と貧困、民族対立を招き、ユダヤ人は格好の標的となった。
ナチ・ドイツの反ユダヤ主義は「ドイツ人の優越意識と、東方のものに対する侮蔑意識がセットになった人種主義を原動力として、『人種衛生学』の科学的装いを伴ったものだった」。ホロコーストで600万人のユダヤ人が殺害されたが、ドイツのユダヤ人は16万人、ポーランド300万人、ソ連100万人、チェコ21万人、ハンガリー20万人だった。「東欧に固有のホロコーストの促進条件は、ソ連の脅威を感ずる。国境をまたいだ疑心暗鬼だった」と言う。
「現代・・・・・・新たな組み合わせを求めて」――。1939年、世界のユダヤ人口約1700万人のうち600万人がホロコーストで死に人口の中心は450万人いるアメリカに移った。ホロコーストで3分の1となったが、ソ連には200万人が残っていた----。そして、1948年イスラエル建国。本書は、アメリカ、イスラエル、ソ連の3つの中心から相互の関係に注目しながら論述する。
2024年現在、イスラエルのユダヤ人口700万人、アメリカにいるユダヤ人口600万人。イスラーム・テロリズムと戦う同盟相手となっているが、アメリカ・ユダヤ人とイスラエルの微妙な関係が述べられる。
まさに「主体と構造」で、ユダヤ人の歴史が立体的に立ち上がってくる。
