「<わたしの人生>を遊びなおすために」が副題。「あらゆるところで『物語』がもてはやされている」「清涼飲料水のCMを眺めていると、『青春』のイメージ――光る汗、友情、焦燥感、夏――がドラマティックで感動的な話として語られるし、就職活動の面接ではガクチカや挫折体験が語られることを要求される」「『推し』は、ファンの期待した筋書き通りに振る舞う」――何かがおかしい。「人生を解釈しすぎる」し、「考察する若者たち」「解釈したい。正解を求めたい。タイパ・コスパ、倍速で観る若者たち」が増えている。情報氾濫の喧騒の社会はSNSで急加速している。「人生はかくあるべきだ」という押し付けに抗う「次世代の哲学」を溢れるような思考実験で吐露する。
「人生は物語ではない」。もっと定型の軛を脱して自由自在に生きること、そのためには、どんな思考実験ができるか。「人は物語が好きだ。他人を理解することで気持ちが良くなり、決めつけ間違う」「誤解を生んでしまう『自分語り』」「私たちは、自己語りや他人語りにおいて、物語から離れて、不可解なまま存在する相手を尊重する新しい倫理的態度を作り出さなければならない」「感情的だという批判をする人こそ、実は感情的」・・・・・・。要は、物語は自己理解や世界理解のヒントになり、楽しませてくれるが、「物語に呑み込まれないように」と指摘。「その一方で、私たちの周囲では、無数の開かれていない世界の扉が待っている」と言っている。
そこで、本書は「物語的主体のオルタナティブ」を探る。物語以外にも様々な理解の可能性、「物語から遊びへ」だ。その指摘する遊びは「ゲーム」「パズル」「ギャンブル」「おもちゃ」の4つで、遊びから人類を考える。「様々な遊びの『世界』を旅して回ってくれたらこれ以上の喜びはない」と結んでいる。
「ゲーム」――。ニーチェは「抵抗を克服する活動を愛するような、力への意志を発揮することそのものに幸福を見出すゲーム」を勧めた。「我々は常にプレイヤーでありながら、同時にデザイナーでもある。人生と社会を編み直しリデザインする、抵抗のための重要なメタファーとなるのだ」と言う。
「パズル」――。人間には、生まれつき謎き明かしたい、複雑な問題に取り組みたいという欲求(パズル本能)がある。解き明かした「ハッとする」瞬間の快感。「パズル的理解は『正解がただ1つある』という前提を維持することで、情報の中で溺れることをも楽しむ、じりじりとした探索感と『思いつき』のカタルシスを生み出す」と言う。「考察や陰謀論」――人間は、どうしてもスッキリしたい生き物なので、陰謀論にはまる。だが「わからなさを積極的に味わう能力、じりじりを美的経験として味わう能力を育て得るところに、物語的な世界理解のオルタナティブがある」と指摘している。
「ギャンブル」――。真のギャンブラーが欲しいのは「お金」ではない。リスクに身を投げ入れるスリル、退屈からの離脱、人生の切断、「貨幣の崇高」の解体である。
「おもちゃ」――。最もプリミティブな遊び、何かをただ「おもちゃ化」して楽しむ姿勢がおもちゃ遊び。残酷とも言えるし、創造的とも言える「おもちゃ的生き方」の可能性。「おもちゃ遊び」と「世界の旅」はよく似ている。どちらも偶然を受け入れ、愛し、自分がおもちゃになることを楽しみ、軽やかであると言い、「『大人』こそ、遊び心に満ちた『世界』を旅することを試みなければならない」と言う。
「人生を自在に生きる」ことを思考した若き美学者のチャレンジングな哲学的論考。頭が振り回された。
全盲の天才学者・塙保己一(1746〜1821)。武さしの国保木野村に生まれ、幼名は寅之助(失明後は辰之助)、体は弱く8歳になる前に失明。15歳で江戸に出て、当道座の雨富検校に入門し千弥、やがて保木野一、保己一と改名する。不器用で兄弟子等にいじめられ自殺等も図るが、学問への思いは強く、驚異的な記憶力、洞察力で次第に認められる。文政2年(1819年)には、「群書類従」666冊を完成させた。34歳の時に決心し、実に74歳までの41年かけての凄まじい大事業をなす。文政4年(1821)には、総検校となる・・・・・・。
しかし、本書はその偉業を称える偉人伝ではない。「見えるか保己一」――。輝かしい経歴を築いていく保己一の葛藤と、その周りに渦巻く愛と献身、嫉妬、妬み、不安、怒り、そして人間の業が描かれる。それも立体的に、そして深く。若い作者がよくぞここまでと感嘆する素晴らしい力作だ。
保己一には「見えない悲しみと苦しみ」、「見えてしまう悲しみと苦しみ」がある。不器用で鍼灸は下手だが、学問は得意であり喜びだ。目明きに負けない、盲の世界に引きこもらない世界で生き、卓越したところまで行くことを望んでいる。「思えば己は、故郷の村を出た日から、目明きと同じ土俵に立つことを願って一心にやってきた。目明きと同じところに上がらなければ、目明きと肩を並べて学問を学ぶことなどできやせぬ。だが己は今日、学者としてあの将軍様に対面してきたのだ。・・・・・・己は、ようやっと盲の頸木から解き放たれたのだ」「鍼でも按摩でも見世物小屋の芸人でもなく、学者として残された盲の名前は、これから先、盲の道標となるであろう」・・・・・・。同時にその心中には、怒りも溢れた。「俺は盲なんだぞ。なのに皆、ことあるごとに聞いてくる。『見えるか辰之助。見えるか保己一』・・・・・・俺にばっかり聞いてきやがってさ。そんじゃてめえらはどうだったてんだ。俺のことをちゃんと見ていたかい」「皆は、俺に心眼で見えていて欲しいのさ。皆が寄ってたかって俺をこしらえる。・・・・・・お前らが見えていないように、俺も見えていねぇに決まっている。目明きも盲も一緒さ。どちらであっても、何一つ見えちゃいねぇのさ」・・・・・・。
一方、「見えない」保己一に対する周りの妬みやいじめ、策略も激しかった。閉ざされた盲の世界で、兄弟子からの仕打ち、やっと完成させた版木蔵への火付け、妻の密通・離縁。妻はただただ学問に没頭し、金を注ぎ込む保己一を理解できずすれ違った。盲の兄弟子たちは、「あなた様は頭が良くていらっしゃるから・・・・・・。でも、あなた様以外の盲は学問などできませぬ。我らは鍼に按摩に琵琶に高利貸しにしか生きる術がないのです」と、目明きの世界で生き抜こうとする保己一とは、世界を異にした。
またいつでもどこでも、母や師匠の雨富検校、南町奉行となる根岸肥前守鎮衛、大田南畝、お瀬津、金十郎など、まっすぐに生きる保己一を献身的に支える人に恵まれた。
宿業と人間模様----全盲の天才学者・塙保己一の姿が描かれる。表紙はそうした図を見事に表していると思う。
「古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで」が副題。まさに今、アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃、ガザの戦闘の緊急事態のなかだが、昨年1月に刊行され話題をよんだ本書はまさに時宜を得たもの。ユダヤ教を信仰する民族・ユダヤ人。学問・芸術に長けた知力、富のネットワーク、ホロコーストに至る迫害、アラブ人への弾圧・・・・・・。世界に影響を与え続けている「流転の集団」の3000年の歴史を雄大なスケールで描く大変な労作・力作だ。
人生そのものがそうだが、「主体と構造」の組み合わせから描く。「ユダヤ人は、歴史の大半の部分や大半の地域でマイノリティーであり、構造に規定される局面は非常に多い」。過酷な歴史だが、「ユダヤ人が構造と格闘したり、構造を前提にして、それを生かす道を考えたり、複数の構造を組み合わせて、第3のものを作り出したりするような『主体と構造』が織りなす局面」をひもとき抉り出している。
モーセの十戒(出エジプト記)。そのユダヤ教の「律法を守る」ユダヤ人。紀元前586年からの「バビロン捕囚」は、「いつかカナンの地に戻る時まで信仰を守り、実践するために、立法を整備していく」というユダヤ人としての意識を明確にしていく。ペルシャ帝国による支配、アレクサンドロス大王の制服によるヘレニズム(ギリシャ)文化。そしてローマの介入によるユダヤ教に対する冒涜的振る舞い。そこにユダヤ教指導層を批判し、貧者や女性などの社会的弱者を助けるイエスが登場する。律法中心、安息日、食物規定を重視、日常活動とするユダヤ教とは違う。ローマの支配の強化、ユダヤ王国の終焉、キリスト教の広がり、イスラム世界での繁栄(西アジアとイベリア半島)。そして十字軍・・・・・・。異教国家の中の「法治民族」の古代末期・中世が解説される。「ユダヤ人を金づるとして利用する権力者と、それを腐敗と捉える庶民の間にユダヤ人が挟まれる。そこに庶民の反ユダヤ感情が蓄積していく」。十字軍とユダヤ人迫害の開始の構造が剔抉されている。
そして、「近世ーースファラディームとアシュケナジーム(ユダヤ人のニ大系統)(アシュケナジームが現在ユダヤ人口の8割)」――。スファラディームを歓迎したオスマン帝国のように、アシュケナジームを歓迎したのがポーランドだった。
「近代----改革・革命・暴力」――。この時代になると反ユダヤ主義が変質、ポグロム(反ユダヤ暴動・虐殺)、ホロコーストの悲劇が生まれる。なぜ「問題」とされるのか。「伝統的なキリスト教世界では、ユダヤ人を道徳的な問題児として蔑みつつ経済的な機能は利用するという扱い」で、日本の江戸時代の「えた・ひみん」、明治からの「部落民」差別。ユダヤ人同士の格差や分断(同化志向の西欧ユダヤ人、ロシアのユダヤ人の深刻な後進性、地位の低さ、貧困)」。1900年の時点で、世界のユダヤ人人口の約半数520万人がロシア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国207万人だった(アメリカ100万人)。第一次世界大戦、ロシア内戦とロシア革命は極度の混乱と貧困、民族対立を招き、ユダヤ人は格好の標的となった。
ナチ・ドイツの反ユダヤ主義は「ドイツ人の優越意識と、東方のものに対する侮蔑意識がセットになった人種主義を原動力として、『人種衛生学』の科学的装いを伴ったものだった」。ホロコーストで600万人のユダヤ人が殺害されたが、ドイツのユダヤ人は16万人、ポーランド300万人、ソ連100万人、チェコ21万人、ハンガリー20万人だった。「東欧に固有のホロコーストの促進条件は、ソ連の脅威を感ずる。国境をまたいだ疑心暗鬼だった」と言う。
「現代・・・・・・新たな組み合わせを求めて」――。1939年、世界のユダヤ人口約1700万人のうち600万人がホロコーストで死に人口の中心は450万人いるアメリカに移った。ホロコーストで3分の1となったが、ソ連には200万人が残っていた----。そして、1948年イスラエル建国。本書は、アメリカ、イスラエル、ソ連の3つの中心から相互の関係に注目しながら論述する。
2024年現在、イスラエルのユダヤ人口700万人、アメリカにいるユダヤ人口600万人。イスラーム・テロリズムと戦う同盟相手となっているが、アメリカ・ユダヤ人とイスラエルの微妙な関係が述べられる。
まさに「主体と構造」で、ユダヤ人の歴史が立体的に立ち上がってくる。
ロシアのウクライナ侵略、アメリカ・イスラエルのイラン攻撃、中国が権益を主張する九段線、トランプ関税・・・・・・。戦後80年、世界が築いてきた秩序がガラガラと崩れる「大転換」の時代に突入している。「後退するアメリカ、仕掛ける中露、混迷する欧州、戦略なき日本」を、中国、アメリカ、ロシア、欧州、アメリカを中心とする安全保障の若き専門家が、小泉悠氏と自由かつ率直に対談する。あえて感情を交えた雑談風であり、極めて面白く現地の気分、潮流が伝わってくる。
「中国から見る大転換(津上俊哉、熊倉潤との対談)」――。「1つの大陸に2頭の虎は並び立たない――今のところアメリカという共通の敵がいて、中露のいろんな歯車が案外うまく噛み合っている」「ロシアの『勢力権』思想と違い、中国は『和平之友』。遠いアフリカや南米の国々と協力して、アメリカを牽制したり、自国の利益を追求していく勢力圏(アメリカの空白が生む中国勢力権の拡大)」「不動産・インフラ投資の精算ができるかどうかが、人民解放軍を維持できるかどうかに影響」「『中国ヒューマノイド』がサブスクになる未来」・・・・・・。
「アメリカから見る大転換(金成隆一)」――。「トランプ支持者の言う『今の移民は同化しない』フラストレーション」「激しい格差。『学歴格差』をトランプの下品さが癒す」「理屈じゃない『あなたの生活が脅かされますよ』と言うナラティブ。敵は国内のリベラル」「反エリートのわかりやすく強いリーダーが人気を得る時代」「ヴァンスは新ヒーローなのか?」「完全に共和党にお株を奪われている労働者の味方・民主党が取り返せるか」「エニウェア族VSサムフェア族」・・・・・・。分断国家アメリカの現実を抉り出す。
「ロシアから見る大転換(小林昭菜)」――。「戦争を始めたのは、本当にプーチンなのか? インナーサークルのシロヴィキ(力の省庁)の情報分析」「ロシアの中間層が経済的理由で保守になる」「2014年にクリミアが取られるまで、ウクライナは『EU加盟賛成、NATO加盟は反対』が多かった」「プーチンによってウクライナが作られた。プーチンは、スラブ大分裂をもたらした男」「今回の戦争で、周辺国のロシア離れはますます加速」「ロシアの戦死者は17 万人。地域格差は凄まじい。貧しい人が戦争へ」・・・・・・。内情分析は極めて面白い。
「ヨーロッパから見る大転換(合六強)」――。「30年の時間軸(ロシア)、80年の時間軸(アメリカ)の2つの軸で、ヨーロッパは大転換を迎えている」「冷戦の終結で西側に入ったロシアが2014年から逆流、違うゲームを始めた」「プーチンのオウンゴール(ウクライナでも2010年頃までNATO加盟に対する支持は低かった)」「NATOの最大の危機とは?(ロシア人を追い出し、アメリカ人を引き込み、ドイツ人おとなしく。これがNATOの機能と言われたが----。各国に見られる脅威の認識ギャップ」「招かれた帝国・アメリカの80年軸だったが、消える現実かも?」「欧州懐疑主義やポピュリズムの台頭」・・・・・・。確かにヨーロッパから世界の大転換が見えてくる。
「安全保障から見る大転換(村野将)」――。「アメリカの変質と日本の立ち位置」「GDP 比2%の限界と実質的な防衛力不足」「日本の『ノーガード戦法』と日本人の『腹のくくり方』」「日本の台湾防衛戦線から脱落しない事の重要性」「自衛隊の防衛力とロシアのマッチョイズム」「ウクライナ軍に学ぶ『素朴なレジリエンス』」「航空機用の防護シェルター造り」「核武装の前に、アメリカの拡大抑止をつなぎ止められるかどうか」「人を多く必要な有人航空機や艦艇を早期に退役させ、少ない人員とメンテナンスで運用できる無人システムへ代替するなど、抜本的な戦力構成を見直せ。許容可能なコストで、台湾有事に備える防衛力改革」・・・・・・。極めて専門的でリアリズムからの対談が続けられる。
アメリカ・イスラエルのイラン攻撃以前の著作だが、世界の大転換がリアルに伝わってくる。
「カウンセリングの現場で見た絶望と変化」が副題。今から20年ほど前、山脇さんの「教室の悪魔」は衝撃的、現場での本質をついた素晴らしい著作であり、国会内で勉強会をもったことがある。久しぶりの今度は「夫婦」についての著作。現場のカウンセリングを通じた対応の希望を持てる良い本。
「夫への、妻への不平・ 不満は、実はやり直しの鍵」と帯にある通り、互いに理解し、努力すれば、やり直せる。「互いに余裕がなさすぎることが原因になっている場合もある。また、思いやりの気持ちが持てなくなってしまったのは、お互いに相手を責め、傷つけ合ってきた結果かもしれません。関係性というのは作っていくもの。相手を思いやり、優しくした分は自分にも戻ってくるはず」と結んでいる。
現場のカウンセリングの話だから極めて具体的----。「私が夫にイライラして仕方がないんです(『すぐやる』が苦手な夫」――母のようになりたくないのに、模倣してしまうと言う妻と、叱られた記憶がなく細部への観察力が低い夫の姿が浮き彫りになる。
「不機嫌に見える夫、顔色を窺ってしまう妻」――よくある話だが、親とのコミュニケーションが少なかった男性にこの傾向がある、と指摘する。「嘘の多い夫、GPSをつける妻」――男性は、子供の頃、厳しく行動について口うるさかった母の過干渉があったと言う。「妻の体調に配慮できない夫、受け入れすぎた妻」――尽くしすぎで「できない」と言えばよかったのに・・・・・・。
「自分大好き、自分勝手で不機嫌な夫、不機嫌な時は怖くて話しかけられないので、何も言わなくなった妻」――これもよくある話。「不機嫌、舌打ち、怒鳴らない。妻と子供のしたいことを優先する。子供とちゃんと遊ぶ」ことをカウンセリングで言う。また「妻の実家を毛嫌いする夫、親と仲がよすぎる妻」が紹介されるが、いずれも子供の頃からの家庭環境が反映していると指摘する。実家から離れるようにと言うアドバイスだ。
「家事を一切やらない妻、捨てられるのが怖い夫」「DVを訴える妻、実は先に被害を受けていた夫」「突然『死にたい』と言う妻、とにかく心配な夫」「実家に尽くしすぎる妻、間に立つことにした夫」など生々しい例が出される。
「子育てをめぐる困難」も、夫婦間に多い。まず「余裕のなさ」があるが、共働き時代が反映している。「夫が何もしない」「全く問題を感じていない夫」「父親の呪縛から自由になれない」「食卓がピリピリしている」「子供を愛せない妻」など、その育った家庭環境が大きい。「放任主義の家庭に育った妻」とか「自立心旺盛な夫」とか。
違った環境で育った2人が結婚し家庭を作る。若い頃は会話もない猛烈社員と専業主婦だった我々の世代と、共働きが普通でコミュニティーが欠落し孤立しがちな(互いに家庭で本当の感情が爆発してしまう)という現代----。互いに理解し努力する、相手の嫌がっていることを察知する努力が必要不可欠だ。熟年離婚でも、「これからも夫婦を続けて行くかどうかを考える際に重要なのは、お互いが相手の不満を受け入れ、変わろうという気持ちを持てるかどうかです」と言っている。わかり合っているということが幸せで楽しいはず。夫婦は案外、妻は(夫は)わかっているはずという思い込みが会話不足、そして亀裂になっていくもののようだ。
