息吹.jpgこれぞSF小説。しかもAI・IoT・ロボットの急進展を目のあたりにすると、描かれた世界が現実となるのも時間短縮されるかも知れない。それは楽しい豊かな社会とは異なるものではないか。世界の未来と秘密に迫るコンピュータ・サイエンス専攻のテッド・チャンの17年ぶりの刊行となる最新作品集。SF界のヒューゴー賞受賞作など9篇が収録されている。

「商人と錬金術師の門」――。タイムトラベル、しかも現代科学と矛盾しないで、「千夜一夜物語」風に話が展開する。くぐると20年前と20年後に移動できる門がある。「過去と未来は変えられるのか」と「過去や未来は変えられなくても不幸ではない。知ることの意義とは何か」は永遠のテーマだ。その人生の根源的課題に、緻密に温かく迫る。「予期される未来」は予言機の普及と自由意志の問題が語られる。

「息吹」――。毎日、空気が空になった肺を、吸気口にセットしていっぱいになった肺と取り替えるという今の人間とは異なる世界が登場する。そのなかで、脳と意識と生命の源としての空気(アルゴン)の存在や不死を探究していく。「わたしがこうして存在するのは宇宙のゆるやかな息吹から生まれた」「存在するという奇跡についてじっくり考え、自分にそれができることを喜びたまえ」・・・・・・。「オムファロス」も"若い地球"創造説、成長輪を持たない木々、縫い目のない頭蓋骨などと、現代物理学、考古学等による世界の探究を大胆に問題提起する。

「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」――。動物園の飼育係をしていた女性が、ディジエントと呼ばれる人工生物の子育てをし、教育し成長させていく。そのなかで生まれる飼い主との感情移入、絆。さらにはディジエントの虐待、性的関係、社会との関係等々が広範に描かれる。「デイシー式全自動ナニー」や「偽りのない事実、偽りのない気持ち」でも機械による子育てや父娘の葛藤、言葉と文字と気持ちの本質的問題等が描かれる。

人類の未来は、科学の急進展のなかで、とてつもない課題を突き付けられる。


明智光秀.jpg「牢人医師はなぜ謀反人となったか」が副題だが、通常の「本能寺の変」をめぐる小説タッチのものではない。日本中世史を専門とする関学教授のものだけに、きわめて実証的に織田政権の実態等から光秀の実像に迫る。新鮮な感がする。

生まれに二説ある。1528年と1516年、ここでは1528年をとる。天正10年(1582年)の本能寺の変の後に没するから数え55才となる。「光秀は土岐一家の人物で牢人だった」「越前の長崎称念寺の門前で明智十兵衛尉という牢人として10年暮らしていた」「足利義昭の足軽衆となる」「元亀元年(1570年)、信長の越前朝倉攻め、窮地の信長の反転攻勢のなか宇佐山城主となる」「延暦寺焼き討ちの功績で滋賀郡全体が与えられる」「義昭・信長連合軍で目立ち坂本城を築城する」「天正元年(1573年)、義昭と信長が離間し、信長方につく」「天正元年、朝倉義景敗北、浅井長政自刃・滅亡。光秀は激務の日々、京都代官を兼任する」「天正3年、武田を破る長篠の合戦後、信長の推挙で惟任日向守になる。丹波攻めを命じられるが、難しく挫折」・・・・・・。

興味深いのは「天正2年末以降、信長は道路を拡張する大土木工事を敢行し大規模な動員をした。それによって信長軍の圧倒的機動力が確保され(皮肉にも本能寺の変でも山崎の戦いでも)荘園領主の縄張り意識をも形骸化させた」「光秀の家格は土岐家の当主ではなく、土岐氏の庶家であった。身分の問題は彼の行動を規定した」「信長は道路をつくり、兵粮を把握する枡の規格統一など斬新な戦略を貫いた」「光秀は随一ともいえるスピードで伸し上がったが、織田家中からの風当たりが強かった。もめた場合に信長にとりなしてくれた信長側室の御妻木殿(光秀の妹)が天正9年8月に死亡したのが痛かった」「信長は部将たちに激務を強いる一方、一族を優遇する人材配置を積極的に進めた。側室となっていた妹を亡くした光秀は、信長から一族に準ずる扱いも期待できなくなっていた(不満と不安)」「急激に膨張した織田分国を統治しきれる人材を賄いきれていない、織田政権の官僚制度の整備が追いつかなかった。光秀もつらい出陣、家康の饗応など多忙を極めた。信長への過酷な労働奉仕のスパイラルが生じていた」等々・・・・・・。「道路整備」「側室の妹・御妻木殿の死」など、きわめて面白い。


41G-Tt+u+jL__SX306_BO1,204,203,200_.jpg「日本史を学ぶことは、日本人とは何かを考えることだと思う」と本郷さんはいい、「私は井の中の蛙だと思う」という。本書は日本人と「この国のカタチ」が二人の間で自由闊達に論じられる。なんと、日本史をどうとらえるのかの、東西のバトルが行われているのだ。京都史観と関東史観。「ひらたく言えば、京都が拠点となる朝廷の威光を大きくえがこうとする。朝廷をとりまく公家や寺社の存在感を特筆する。7、8世紀にできた律令のしくみが、のちのちまで社会を左右したという見方の京都史観」と「律令等の秩序をくずしていく新しい勢力に光を当てる。武士の革新性を輝かしくとらえてきた見方の関東史観」だ。権門体制論、東国国家論、顕密体制論等の「日本のかたち」が紹介され、京都における「女官の色香、誘惑」も歴史に影響を与えたのではないかとまで語る。

「ここだけの話(日本に古代はない、皇国史観の亡霊)」の序からバトルが始まる。「神話と統治(天皇家の存続と神話、伊勢神宮と鈴木姓が多い理由)」「祭り上げの政治技術(摂関政治は不安定だった、官僚主導=摂関政治と官邸主導=院政、幻の関東独立国)」「武士と武芸の源流(源氏・平氏は傭兵集団、在地領主の誕生、武家と公家の埋められない差、女官の誘惑)」「『日本国』意識(日本人意識の芽生え、元寇に抗した武士と日本のまとまり、東国国家論では天皇と将軍は並び立つ)」「絶対王政・室町幕府(室町幕府はゼニカネの政権、日野富子とその一族と義政、寺は租税回避地だった!?、禅寺は観光ホテル)」「朝廷は下剋上で輝く(戦国大名は京都の律令制と訣別し自分の力で土地を支配、貴族は文化で延命する、信長は朝廷を滅ぼそうとしたか、秀吉・家康は朝廷をどう見たか)」「鎖国と米本位制(銭本位制から米本位制へ、幕府の貴穀賤金、家康は鎖国的でもなかった、寺社が資本主義の抜け道)」「明治維新はブルジョワ革命だった(倒幕の軍資金は三井等から、大坂商人の腹積もり、奇兵隊のスポンサー下関の豪商、天皇の絶対性は方便だったか、平和な明治維新というウソ・流血革命)」「日本人と天皇(権威と権力、象徴天皇制=天皇機関説!?)」・・・・・・。

自由闊達できわめて面白い。


世界史のミカタ.jpg歴史はどうしても勝者の歴史となる。西欧史が世界の主流として分析され、そして東洋史は東アジア全体というより、中国と韓半島、そして日本史を我々は学ぶことになる。これまでの世界史だ。本書ではこれまでにない世界史が「世界史のミカタ」として語られる。特徴的なのは、中央アジアに蟠踞した遊牧民への視座。「中国史でも、ヨーロッパ史でもない、中央アジアの勢力を公平に評価する世界史のミカタ(中国史の研究者は黄河より内側の勢力争いに興味を寄せやすく、ヨーロッパ史の研究者は民主的なギリシアが専制的なペルシアをどうあしらったかといった視点で研究してきた)」「遊牧民は季節に応じた牧草を求めて移動するので、土地を与えられて主従関係を結ぶという封建制の関係が成り立ちにくい。・・・・・・土地が欲しい農耕社会、つまりユーラシア大陸の両端に封建的な世界が成立し、真ん中の草原が封建制と関係ない世界になる(梅棹忠夫)」わけだ。もう一つ、「世界史から見た日露戦争」「第一次世界大戦のインパクト」に象徴されるように、世界が大航海時代と産業革命を経て、相互に影響を与えて共振し、それに各国の戦略が加わって大変動をもたらすダイナミズムを語っていることだ。世界史の"共振のダイナミズム"といえようか。たしかに国家の枠を超えて「世界を見る力」を刺激的に開示してくれる。

各章の対談は、大胆・率直だ。「神話の共通性(なぜ世界の神話は似ているか)(女装する英雄)」「世界史を変えた遊牧民(すべてはアレクサンドロスから始まった)(異民族に寛容だったローマ帝国)(遊牧民のインパクト)」「宗教誕生とイスラム世界の増殖(なぜ多神教から一神教が生まれたのか)(ローマ帝国にキリスト教が広まった理由)(貨幣経済と寄付社会)(教会がなければ統治できない王たち)」「中華帝国の本質(漢民族の王朝は漢、宋、明の三つしかない)(中国には内側で完結する強い内向性=中華意識)(中国の伝統にある文人の文化、人文的教養・文弱の中国)」「ヨーロッパの二段階拡大(大航海時代の"点の支配")(産業革命による"面の支配")」「明治維新とフランス革命の類似性(なぜ、ルイ16世は処刑されたか)(強烈な「日本」意識)」「システムとしての帝国主義(ビスマルクの深謀遠慮)(未熟なアメリカ外交)(世界史から見た日露戦争)」「第一次大戦のインパクト(帝国の解体)(日本にとっての第一次世界大戦)」「今も残るファシズムの亡霊(ムッソリーニが残した文化遺産)(ナポレオンとヒトラーの決定的違い)」「社会主義は敗北したか(社会主義はフランス革命から始まった)(平等の為に人は戦わない)(社会主義の闇)」「国民国家の次に来るもの(人間は何のために死ねるか)(日米英三国同盟)(すぐに降伏するイタリアは進んでいる)」・・・・・・。

世界の歴史を俯瞰する。自由自在に。


氷獄.jpg最新の心臓手術の最中に起きた前代未聞の殺人事件を描いた「チーム・バチスタの栄光」。それから13年ぶりに海堂尊が続編として出したのがこの「氷獄」。「バチスタ・スキャンダル」の裁判がいよいよ始まったという設定だ。

「バチスタ・スキャンダル」から2年。被疑者・氷室は黙秘を続け、弁護をも拒み続ける。しかも「保身の願望もない」と言うのだ。死刑に持ち込みたい検察もこれに手こずり、起訴の基本方針も決められないでいた。そこに国選弁護士として新人弁護士・日高正義が名乗りをあげる。しかし、意気込んで東京拘置所に行った日高に対して、氷室は「保身の願望もない」「ここは氷の牢獄。何をしても凍えるだけ」と虚無的態度に取り付く島がない。諦めない日高は、「チーム・バチスタの栄光」の田口医師やインテリ・ヤクザ、イヤミの白鳥技官らの話を聞き、ある提案を持ち掛ける。そして2人は、氷室の"死刑"と引き換えにしたそれぞれの闘いを始めるのだ。

日高正義の名前にもあるとおり、テーマは「医療と司法の正義を問う」だ。難しい生死の境に立つ医療現場、有罪率99.9%の検察司法の難しさと歪み――そうしたなかでの正義とは何か、医療過誤に苦しむ患者と医師の双方を助けるにはどうしたらいいのか。「『正義』とはできるだけ小さく使う方がよい。大きく使おうとすればするほど、か弱き人々を傷つける」「私が医師のミスを徹底的に叩くシステムを作った結果、誠実な医師のミスを糾弾し、潰してしまうことになった。だが今回、そんな医師を救えて、酷いシステムを手直しすることもできた」「『小さき正義』とは、悪の中にも棲息しているかもしれない。・・・・・・正しいものばかり集めたら、世界は息苦しくなり、潰れちゃう。だからバランスを取るためにわたしは極悪人でも誰も弁護を引き受けたがらないような人を引き受けることにしたの。世の中にはへそ曲がりが必要なのよ」・・・・・・。そういう意味では登場人物がいずれもキャラの立つ"へそ曲がり"だ。

本書は他に東城大学医学部付属病院を舞台とし、田口や白鳥らも登場する「双生」「星宿」「黎明」の3編がある。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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